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旅と写真のことつらつらと
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生活の場

水のあるところに人の生活がある。
ニジェール川のふもとは人々の生活の場。体も洗って、洗濯もして。


土の上で洗濯物を乾かしてる。よく乾きそう。


川のふもとってやっぱり居心地いいもの。のんびり遊んだり、ボーっとしたり。

水、キラキラしてるしね。
| Yoko | マリ | 15:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
印象に残る場所

マリで最も好きになった町はセグーだった
もともとはセグーに来る予定ではなかった。日が余ったから、思いつきでなんとなく訪れてみた。

セグーには何があるのかといえば・・・何もない。ニジェール川が流れるだけ。でもマリの中でここが一番長く滞在した。

そんなセグーで何をしていたかといえば・・・何だろう、スローライフ?

朝起きて、マーケットプラプラして、路上でおっかさんが美味しそうなもの作っているからそれ食って、川でボーっとして。そしたら猛暑の季節なので暑くてたまらなくなって、いつもと同じおばちゃんのところからシトロンをかってそのへんの道端の木陰に座ってシトロン食いながら人の流れを見ている。したら何度かみた顔のやつらがやってきて、「アフリカンティーを飲一緒に飲むぞっ」って。で、なんだか知らない間に野郎ばかりの輪に入って何時間もティーを飲み続け、だべり続け。夕方の涼しい時間帯になれば動き回れるので夜中12時くらいまでは、誰かとぷらぷらしてた。

セグーはナイトライフも楽しかった。

トラディショナルな演奏きいたり、アフリカ版クラブへ連れて行ってもらって、ちょっとビミョウなテクノを聞いたり。

日々そんな感じ。とりあえずいつも外に一歩でれば知ってる誰かが「おーい」と呼んでくれる。

最近、旅して好きになる場所って有名な場所というより、特に何もない、ちっちゃな町だったりする。何があるの?ときかれて一瞬、うーんと止まってしまうような場所。何がよかったのかなと目を閉じてみて思い浮かぶのは、人々の顔とか、音だったりとか・・・スローな時間。

次のモーリタニアで大好きになる場所ってどこなんだろう。
風景でなくて、人の顔が一番に思い浮かぶ場所。そんな場所にまたきっと出会えるはず。
| Yoko | マリ | 20:00 | comments(3) | trackbacks(0) |
’死’を感じた瞬間
ラダックから帰ってきてまだ一週間たっていないのですが、次の旅のことを考えていると、アフリカ頭になってきて・・・。というわけで久しぶりにマリのお話。

マリはほんとに楽しかった。自分の旅の中でもかなりトップレベルのgood trip。でもそれと同時に最も過酷で、そして生まれて初めて’死ぬ!’と思った国でもあった。

マリ旅行の中でもハイライトといわれるドゴントレッキングに行くことにした。ドゴントレッキングにはガイドを雇っていく。通常首都のバマコからモプティを経由して、ドゴンに近いセバレあるいはバンディアガラの辺りでガイドを探す。バマコからモプティには夕方頃には着く予定でその日のうちにバンディアガラまで移動しようと考えていた。

・・・でもここはアフリカ、モプティについた時点で午前3時をまわっていた。

しょうがなく次の日モプティから移動しようとしたとき、ガイドがいるよ!って人に捕まり、あまりよく考えずモプティでcontract。なんだか前日で疲れきってどうでもよくなっていた。

ドゴンまではモプティまでバイク2ケツでいくことになった。バイクに乗せてもらうの好きだし、車よりもいいじゃないか!・・・そんな私は甘かった。

ものすごい速さで飛ばすガイド。なーんもないアフリカの道を風をきってノーヘルで走る走る。あー、すんげー気持ちいい。

初めはちょっとしゃべり方ネチネチしてやなガイドだなぁと思ってたけど、なんだかんだいってバイク楽しいし、よかったんじゃないか、そう思っていた。

2、3時間バイクを走らせ続け途中から道路がなくなり、砂地。がったんがったんなかなかハードな道になってきた。だけど、バイクは飛ばす。

そして、ふと地面から2、3メートルくらいはある橋のカーブに差しかかり・・・バイクはカーブせず直進。・・・そしてダイブ!!

そのときすごーく景色がスローだったのをよく覚えている。私今飛んでる、宙に浮いている。ガッタンガッタンうるさかったのに音も消えてスローで周りの景色が過ぎていく。あ、このまま下に着地して下を走るのだろう・・・って本気でのんきに考えていたけどそんなはずもなく。

ガシャーンッッ、ドサッッ。

バイクから吹っ飛んでガイドもろとも土の上にぶっ倒れる。えーっと・・・一瞬ほんとに何が起こったかわからなかった。橋にさしかかった手前からのことを回想してようやく事の重大さに気づく。

・・・普通に大怪我しても、いや死んでもおかしくなかったよね??

幸いにも私のバックパック、その上にガイド、その上に私だったので大事にはいたらず、でも足を酷く打ちつけて少し深めに切ってしまった。足のジンジンする痛みに気づいてますます今起きたことが怖くなってきて、目の前真っ暗、まさに血の気が引くとはこのことで。恐怖で貧血になり立ち上がれなかった。

その辺で畑仕事していた人々もびっくりして大急ぎで走り寄ってきて、わんわわんわと回りで騒いでいる。そしてガイドは「大丈夫か?」とかいって足をふくらはぎから太ももまですき放題モミモミしまくっていて。普段ならブチ切れるところだけど、目の前よく見えないし、大丈夫というだけで精一杯だった。

ガイドや村人にむりやり引き起こされバイクに乗せられとりあえずドゴンまで連れて行くということになったようで。再び走るバイク。そしてしばらくして再び・・・

ガシャーンッッ、ドサッッ。

今度は何もないところでいきなりバイクが吹っ飛び私達も吹っ飛ぶ。またもや別の地域の村人が集まってきて、ガイドがモミモミして。はっきしいってこのときは思考回路がゼロだった。またもや同じようにして再び走り出す。

「ごめんなさい、でもこれがアフリカントラベル、楽しいだろ?」

通常の私なら、どうブチ切れるか想像つかないけれども、このときはまじでフラフラだった。

でもなんだかんだでドゴンに無事ついた。自分でもほんと強運の持ち主だとこのときばかりは思わずにはいられなかった。

こんなかんじでドゴンといえば、この思い出。とんがり屋根のドゴンの村もとてもよかったけれど、この思い出が強すぎてあまり覚えていない。

こんな体験もしてたマリ、でもなんでこんなにマリが大好きなんだろうね。自分でも謎。
| Yoko | マリ | 20:06 | comments(2) | trackbacks(1) |
ニジェール川を渡る
マリのセグーという街を訪れ、私はニジェール川を渡り対岸の村へ行くことにした。

セグーでは木のボートが街と村をつなぐ手段となっている。

こんなに沢山の人がのったボートをたった二人で動かす。アフリカの人の身体能力はどうなっているのかといつも不思議に思う。

私も一人のこぎ手を雇ってニジェール川を渡る。

彼は英語がほんの少ししかしゃべれなかった。しかし「とてもきれいなフランス語をしゃべれる」と誇り気にいっていた。彼と二人っきり、セグーを背に川を渡る。彼はほとんどフランス語で話しかけてくる。そして私は英語で話す。もちろんフランス語はできない。でも淡々と続く会話。不思議なものだ。

川幅は、どのくらいだろう・・・結構な太さだと思う。ニジェール川は大きい。でもそんな川を、彼をふくめ、大人数をのせたボートのこぎ手も、浅いところでは一本の棒を川底に突き刺して押し出す、深いところでは一枚のお皿くらいの鉄板が棒にくくりつけてあるオール(?)でボートを前に進める。これで何往復もしているよう。マリに来てからというもの、ひ弱な人というのを見たことがない。みんな身体は筋肉に包まれ、美しい。

そんな彼と二人きり、ニジェール川の旅は続く。
| Yoko | マリ | 20:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
アフリカンティー
アフリカンティーはアフリカンタイムの象徴ともいえるのではないだろうか。アフリカンティーは紅茶葉を3回使用する。1回使用した葉っぱをもう2回使う。葉っぱを小さなポットに入れ、七輪のようなものの上でゆーっくりと沸騰させ、砂糖をこれでもかというくらい入れて。お茶に空気を含ませるため何度もとても高い位置からティーポットとコップ、コップとコップで移し変えを行ってできあがり。

しかし1回目の紅茶ができるまでにとても時間がかかる。1時間くらいかかっているときもあった。それがさらにまだ2回続く。真昼間の暑い時間はアフリカンティーをのみながらおしゃべりして、夜もまたもやアフリカンティーを飲みながらおしゃべり。これぞslow time・・・アフリカンタイムだ。

初めてアフリカンティーをいただいた時はまだ私の時の流れはアフリカではなく日本に近かったのだろう、まだなのかとイライラしたのを覚えている。しかしマリに身を置くにつれ、自分もだんだんとその時の流れにあうようになってきて・・・そしてようやくアフリカンティーのよさがわかった。

ゆっくりと煮出した紅茶、紅茶を待つ間いろいろなことを彼らと話し、だんだんと身体の中が乾燥してきたころに、小さなカップ一杯のアフリカンティーがでてくる。甘くて濃い一杯。それは体中にしみこんでいくようでとてもおいしい。’あったかいなぁ’と何度も感じた。


どこにいっても「アフリカンティーを飲むか?」と勧めてくれる。そしていろいろな場所でいろいろな人とともに語る。マリの人はみなアフリカンティーの入れ方を知っているのだという。私も挑戦してみたけど、高いところから注ぎいれることができなかった。彼らはいとも簡単にいれるのだけどね。


今日もまたいろいろな場所でアフリカンティーを囲んでいろんなおしゃべりをしているのだろう。slowな時間の流れるslowな場所。
| Yoko | マリ | 22:06 | comments(2) | trackbacks(1) |
外で寝るに限る
マリの5月は尋常ではない暑さである。連日40℃、酷い時は50℃を超える暑さ。一年の中でもこの時期が最も暑い季節なのである。日中もかなりの暑さであったが、夜の部屋の中の暑さ、これがまたものすごい。


マリで泊まった宿は土壁でできているところが多かった。とにかく熱がこもる。初日の宿での夜、私は自分からものすごい熱が発せられていると錯覚し、「私はマラリアにかかってしまったんだ・・・このまま熱で死んでしまうのだろうか・・・」とかなり弱気になったりもしたものだった。夜、自分の体温よりも外気が熱いというのは本当に奇妙な感じだった。家の中で寝苦しい時はほとんど一睡もできなかったほどである。

しかし、やはり地元の人はよく知っている。家の中は酷いものであるが、夜の外は実は涼しい。夜道をあるいているとゴロゴロその辺に人が寝ている。別に浮浪者ではない。これが最も快適なのである。


かという私も数回外で寝た。こんな家の上で。民泊させてもらうときはいつも屋根の上だった。見上げれば満天の星。日本から遠く離れたこの地で人の家の屋根の上で寝ている私。不思議な感覚、でもとても満たされた感覚だ。


朝、起きると周りの家々でも屋根の上で寝ている人がひょこひょこと起き上がりだす。屋根には塀もなにもない。周りとの隔たりもない。みな、思い思いに朝を迎える。上半身裸でとても美しい黒い肌をした人々、そんな中服を着て黄色い肌をしているのは私一人。

遠くへ来たのだなと感じる一時。
| Yoko | マリ | 21:41 | comments(2) | trackbacks(0) |
音楽の国


マリは期待していた通りの音楽の国だった。音楽が人々に根付いている国。どこにいってもジェンベや、バラフォンの音がしたし、誰に聞いても「プロフェッショナルではないけどジェンベ叩ける」といっていたし、みな自分の国の音楽に誇りをもっていた。

もともとジェンベが盛んな国であることは知っていたし、だから私も現地の人とコミュニケーションがとりやすいのではないかと思ってジェンベをはじめた。でもはっきりいってここまでとは思っていなかった。日本にも日本特有の楽器がある、でもたいていの人が演奏できる楽器があるのだろうか?って考えた時思いつかない。

実際演奏はどうなのというと、言葉で言い表せないほど素晴らしい。どんな小さなレストランでこじんまり行っている演奏だとしても今までに見たことの無いような迫力と音のよさだった。この楽器とリズムはここで生まれた。だから身体、気候すべてがこの音楽に最も適しているのだろう、当然といえば当然なのかもしれない。

今まで旅してきた中で少しでも音楽というものを求めていった国というのは実はマリが初めてだった。他の行ったすべての国でもバスの移動中、路地を歩いている時、様々な場面でその土地特有の音楽が流れていたし、心の中に残っている。でも毎日小さなレストランやクラブで行われている演奏を探しては音を聞いてと’音楽’を意識したことはなかった。マリにいって初めてわかったことだけど、ある国の音楽はやはりその発祥の地で聞くと全然違う。現地の生音が一番生きて心の中に残る。

今までは宗教だとか、大地だとか、遺跡だとか求めて旅をしていたけど、音楽を求めての旅もいいなと、よい発見ができた。

・・・ちなみに現地でジェンベを叩いたかというともちろん叩いていない。とてもじゃないけど、あんな音を聞かされた後に「ジェンベ叩けるよ!」とは声を大にして言えなかった。ただ、「ジェンベは今習い中でうまくないけれど、とても好き」と伝えると、マリの人々はほんと嬉しそうにしてくれました。そんな嬉しそうな顔を見れただけでもほんとマリに行く前にジェンベをはじめていてよかったなぁと感じた。
| Yoko | マリ | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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